【超高齢社会の先へ】第2部 介護現場のリアル(5)・完

入居者の家族は、嘱託医や施設職員らと共にみとりケアの方針を確認する。いざという時のために話し合っておくことが大切だ(写真はイメージ)=1月下旬、五戸町の素心苑
入居者の家族は、嘱託医や施設職員らと共にみとりケアの方針を確認する。いざという時のために話し合っておくことが大切だ(写真はイメージ)=1月下旬、五戸町の素心苑
特別養護老人ホームでの「みとり」が増えている。人生最期は、安心できる場所で家族や親しい人に見守られながら旅立ちたい―。そんなささやかな願いをかなえるため、介護職員は医師や看護師と連携し、みとりケアへの知識を高めている。みとりケアを実践する五.....
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 特別養護老人ホームでの「みとり」が増えている。人生最期は、安心できる場所で家族や親しい人に見守られながら旅立ちたい―。そんなささやかな願いをかなえるため、介護職員は医師や看護師と連携し、みとりケアへの知識を高めている。みとりケアを実践する五戸町の特別養護老人ホーム「素心苑」(照井史子施設長)の事例から、みとりを考える。[br]   ◇   ◇[br] 森本雪子さん(69)=仮名=の母は昨年春に旅立った。享年96歳の大往生を支えたのは雪子さんと施設職員、そして今は亡き雪子さんの姉だった。[br] 自宅で母の介護を一手に引き受けていた姉に病気が見つかった。余命が幾ばくもないことを知った姉は、残される母のために、施設の説明会に足を運ぶなどひそかに準備をしたものの、思い半ばで帰らぬ人となった。[br] 姉の死後、雪子さんが介護を引き継いだ時に初めて姉が「母のついのすみかはみとりケアをしてくれる素心苑で」と決めていたことを知った。「その頃はみとりにピンときていなかった」と雪子さん。施設から何度も説明を受け、「いざ」という時のために少しずつ気持ちを整理した。[br] 母が素心苑に入居してから5年後、医師を交えた面談で母の最期が近いことを伝えられた。いつもと変わらない母の姿に「まさか」と思ったが、10日後、静かに息を引き取った。雪子さんは「みんなに見守られて日常の中で自然に亡くなったという感覚」と悲しみと同時に温かさを感じた。「安心できる場所で穏やかに旅立てた母は幸せ者だね」[br]   ◇   ◇[br] 「母の最期のことなんて考えたくもなかった」と振り返る古川美代さん(59)=仮名=。施設には「何かあったら病院に搬送して」と伝えていた。「もうすぐひ孫が生まれる。それまではどうしても生きていてほしい」と考えていたからだ。施設側と定期的に行う面談の時も、みとりの話題は避けるようにしていた。[br] だが、母の食が細くなり、入退院を繰り返すように。この頃から「点滴につながれて生きていることが本当に母のためなのだろうか」と考え始め、施設や家族と何度も話し合った。その後、葛藤がありながらも、施設側に「施設で穏やかな最期を迎えさせてあげてほしい」と伝えた。[br] それから2週間後の昨年9月、母は息を引き取った。享年87歳。大好きなお風呂の代わりに体を拭いてもらい、好物の甘酒を口に含ませてもらう母は満足げだった。美代さんは、みとりを選んだことに後悔はしていない。「母にとって施設は第二の家。幸せに送り出してくれたことに感謝」と話す表情は晴れやかだ。[br] 翌月、美代さんの娘に元気な赤ちゃんが生まれた。ひ孫の顔を見せてあげることはかなわなかったが、きっと母は近くで見守ってくれていると信じている。[br]   ◇   ◇[br] 国の調査では、自宅や特別養護老人ホームなど住み慣れた場所で最期を迎えたいと希望する人が過半数に上る一方、搬送・入院先の病院で亡くなるケースが依然として多い現状にある。[br] どんな治療を望むのか、人生最期をどこでどう過ごしたいのか―。介護や医療の現場では、日頃から自分や家族が望む介護や医療について家族同士で話し合う「人生会議」の重要性が高まっている。不謹慎と言わずに家族でたくさん話してはどうだろう。「いざ」という時、最後に決断できるのは家族だけだ。入居者の家族は、嘱託医や施設職員らと共にみとりケアの方針を確認する。いざという時のために話し合っておくことが大切だ(写真はイメージ)=1月下旬、五戸町の素心苑