天鐘(2月12日)

1950年代、八戸市北部の河原木地区。えんぶりの時期になると、家に近隣の農家の人々が集まってきて泊まった。遅くまで飲みながらその年のやませを予測したり、肥料のやり方を盛んに話し合ったりしたという▼各集落のえんぶり組が、家々を回る「門付け」を.....
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 1950年代、八戸市北部の河原木地区。えんぶりの時期になると、家に近隣の農家の人々が集まってきて泊まった。遅くまで飲みながらその年のやませを予測したり、肥料のやり方を盛んに話し合ったりしたという▼各集落のえんぶり組が、家々を回る「門付け」を終えてからの夜。寄り合う場所は、江戸時代から続く大きな民家だった。地域の世話役的なこの家で育った年配者に、以前聞いた話である。えんぶりは、農民同士の大事な情報交換の場にもなっていた▼農業情報も行政指導も十分に整っていなかった頃。ましてや気候が厳しく、何度も冷害に見舞われた南部地方である。コメは大丈夫か、他に何の作物を植えるか。気候を読み、情報共有する助け合いが欠かせなかった▼えんぶり行事は民俗芸能である前に、豊作を願う「祈り」そのもの。凶作と飢饉(ききん)による苦難の記憶が風土に深く根差し、農民文化として受け継がれてきた所以がここにある▼青森県南地方にえんぶりの季節が到来した。南部町などに続き、17日からは「八戸えんぶり」も始まる。最近は県外からの遠来客が増え、リピーターが多いと聞く。子供たちの「祝福芸」にも呼び寄せられるとか▼えんぶりの「祈り」に今年は、地元と合わせて各地の平穏も重ねたくなる。今や冷害だけでなく、異常気象による水害が予測もしない形で襲って来る。祈りつつ、備えなければ。