新型コロナウイルスワクチンの住民接種事業が65歳以上の高齢者を対象にして、ようやく動きだした。今後、全国の自治体が事業の主役となり、進んでいく。巨大な国家的プロジェクトは期待が大きい半面、自治体にはワクチン供給への不安が消えない。変異株の影響もある中で感染の「第4波」がうねり始め、国が描くシナリオには懸念がつきまとう。[br][br] ▽帰省[br] 「いずれにせよ、地方自治体にお願いしているので…」。菅義偉首相は12日、国会で高齢者への接種が終了する時期を問われ、言葉を濁した。質疑では「一日も早くできるように行うことが政府の役割」「自治体と緊密連携」と繰り返し、最後まで時期の言質を取らせなかった。[br][br] 実際は、1人2回打つ高齢者への接種は12週間程度(約3カ月)で終える計画だ。5月10日の週からワクチンが十分に各地に行き渡るとしており、そこを起点にすると、終わるのは、東京五輪開幕後の7月26日の週ごろの計算だ。時期を巡り政府関係者は、子や孫らの帰省時期を念頭に「遅くとも、8月15日には終わらせたい」と語った。[br][br] それでも、首相が慎重になるのは「第4波」の行方が予断を許さないからだ。表向き「全国的には大きなうねりとまではなっていない」とするものの、状況が見通せていないことが終了時期に関する歯切れの悪い答弁から浮かぶ。[br][br] ▽足が向かない[br] 事業の実施主体となる自治体は、感染拡大に身構える。病院関係者からはコロナ患者の治療を踏まえ「接種に十分なスタッフが割けなくなる恐れがある」(国立病院機構三重病院の谷口清州院長)との声があるためだ。[br][br] 12日から、まん延防止等重点措置の対象となった京都市の担当者は「これ以上、感染者が増えると、高齢者に接種をしてもらう医師や看護師の確保が難しくなりかねない」と話す。名古屋市の担当者も「予定の医師が会場に来られなくなり、当日中止となる事態も考えられる」と警戒する。[br][br] 自治体には「密を避けるため待機場所などで感染対策の強化が必要。スペースの限られる診療所では予約枠を減らさないといけないかもしれない」(水戸市)と不安が尽きない。感染を恐れ、高齢者の足が会場に向かなくなるとの意見もある。[br][br] ▽もろ刃の剣[br] 国と地方の温度差が最も大きいのが、国の責任となるワクチンの確保と出荷の見通し。河野太郎行政改革担当相は「どんどん(ワクチンは)来る」「フルスイングで打ってもらえるようになる」などと自信満々だ。[br][br] 自治体の言い分は、国が言うのは大枠のスケジュールで、いわば「総論」。知りたいのは「われわれの自治体に具体的にいつ、どのくらい届くか」(東京都新宿区)の確かな情報。ワクチンが来なければ、住民の矢面に立つのは自治体であり「いくら国が金を出すからといって、うのみにして操り人形のように動くわけにはいかない」(関東の市長)というわけだ。[br][br] 野党関係者は、第4波に加え、欧米では昨年12月から接種事業が始まり約4カ月遅れとなった日本の状況を指摘。東京五輪開催を控え、内閣支持率も気になる首相の立場を読み解く。「ワクチン接種は首相にとっては『切り札』であり『リスク要因』でもある、もろ刃の剣」