東京五輪は延期で1年遅れとなった聖火リレーが25日に福島県で始まり、沿岸部を中心に回った初日を大きなトラブルなく終えた。ただ、新型コロナウイルスと「伴走」する長丁場のリレーは、感染拡大の危険と隣り合わせ。関係者は「聖火の力」で大会開催への支持が上向くことを期待するが、向かう各地では新規感染者数がじわりと増加する。東日本大震災から10年の被災地はコロナ禍と重なった「復興五輪」の象徴的なイベントを複雑な心境で受け止めた。[br][br] ▽涙[br][br] 東京電力福島第1原発事故の収束作業の拠点として使われた後、2019年4月に全面再開し「福島復興のシンボル」と呼ばれるサッカー施設「Jヴィレッジ」。午前9時40分すぎ、18年完成の屋内練習場から第1走者のサッカー女子日本代表「なでしこジャパン」が無事にスタートするのを見届けると、大会組織委員会の橋本聖子会長は「この復興のともしびが121日間、無事で走ってくれたらありがたい。ちょっと涙が出た」と感慨深げに語った。[br][br] 大会は森喜朗前会長が女性蔑視発言で2月に引責辞任してからトラブル続き。聖火リレーも約600人の著名人ランナーの走行場所を調整するのに手間取り、相次ぐ辞退を招いた。今月に入ると、開閉会式の企画、演出の統括役だった佐々木宏氏が女性タレントを侮辱する内容の演出を提案していたことが発覚して辞任。聖火リレーの出発は運営側には久しぶりの明るいニュースで、大会関係者は「これで世間の空気も変わっていくのでは」と期待を込めた。[br][br] ▽カナリア[br][br] ただ、コロナ禍でのリレーはこれからが正念場。組織委は人が集まりやすい都市部の沿道での「密」の発生に特に神経をとがらせる。この日も事前の呼び掛けにもかかわらず、沿道では観客が鈴なりになる場面もみられた。過度な密集が生じれば、当該の走行場所や市区町村単位の区間で「走行取りやめ」も視野に入れる。全国各地を巡る数百人のスタッフの感染防止も懸案だ。[br][br] 組織委関係者は、五輪本番に先立つ聖火リレーを、危険が迫っていることを早期に知らせる「炭鉱のカナリア」にたとえる。ここでの失敗は世論の不安を助長し、中止論に拍車が掛かりかねないとの見立てだ。[br][br] ▽現実[br][br] 五輪開催に直結する新型コロナ対策が最大の焦点となる一方、「復興」の意図はやや曖昧になった感もある。福島第1原発事故で福島市に避難した三瓶春江さん(61)は聖火リレーを映し出したテレビを複雑な心情で見つめた。原発の北西に位置する浪江町の自宅は原則、人が立ち入ることができない帰還困難区域。「聖火は整備されたきれいなところしか通らない。その裏では、今も古里に帰れず、苦しみ、涙している人がいるという現実も知ってほしい」と語る。[br][br] 浪江町は17年に一部で避難指示が解除されたが、約8割に帰還困難区域が残る。解除地域を外れると、野生動物に荒らされた家々や、手入れが行き届かず荒涼とした土地が広がる。[br][br] 全町避難が続く福島県双葉町の伊沢史朗町長はリレー後「まだ復興はこんなもんかと思う人もいるとは思う」としつつも、「少しずつだが、双葉も復興の歩みを進めていることを実感できる、いい機会になった」と努めて前向きに話した。