天鐘(1月12日)

江戸時代の喫煙率を調べるにはどうすればいいだろう? 史料もなく、煙草なら全てが土に還る。だが、当時は刻み煙草を「煙管(きせる)」で吸っていた。その煙管が副葬品としてお墓から出土する割合から「約3割」と推計した▼弘大の関根達人(たつと)教授に.....
有料会員に登録すれば記事全文をお読みになれます。デーリー東北のご購読者は無料で会員登録できます。
ログインの方はこちら
新規会員登録の方はこちら
お気に入り登録
週間記事ランキング
 江戸時代の喫煙率を調べるにはどうすればいいだろう? 史料もなく、煙草なら全てが土に還る。だが、当時は刻み煙草を「煙管(きせる)」で吸っていた。その煙管が副葬品としてお墓から出土する割合から「約3割」と推計した▼弘大の関根達人(たつと)教授による見事な調査だ。金属製の雁首(がんくび)と吸い口は原形のまま出土する。東北地方で発掘された約1200基の墓の副葬品から弾き出した数値である▼近年の喫煙率は昭和41年の84%をピークに漸減し今は17%。男性が女性の3倍だが江戸期に男女差はなかった。喫煙率ならもっと高いはず(関根著『あおもり歴史モノ語り』)で、女達の吸いっぷりに驚かされる▼戦国時代に宣教師がもたらし、高価な毒消しの「薬」として普及した。葉の栽培が米の生産を妨げ、火事も頻発。幕府は何度も「禁煙令」を繰り出したが効き目は薄く、最後は課税による税収増に舵を切った▼茶道に対抗し“喫煙道”も説かれた。勧められても数度は固辞。型通りの応答の後一服して「良き煙草なり」と褒めるのだとか。江戸後期には遊女の長い煙管が流行り、庶民の間でも喫煙具がファッション化した▼明日は「たばこの日」。戦後の復興を願い「ピース」が発売された。煙管は八戸市内の墓からも度々出土している。青森県の女性の喫煙率は11%で今も全国2位。洒落(しゃれ)た煙管で一服する男勝りで気っぷがいい女性像が目に浮かぶ。