天鐘(10月19日)

車での通勤は田んぼの中の道を通る。今年は長雨のせいで難儀した稲刈りも、ようやく終わりのようだ。稲束の天日干しもほぼ姿を消した。静かな水田に秋の深まりを思う▼春風に揺れる早苗、黄金色の稲穂…。折々の田んぼの風景は昔と変わらず移り変わる季節を映.....
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 車での通勤は田んぼの中の道を通る。今年は長雨のせいで難儀した稲刈りも、ようやく終わりのようだ。稲束の天日干しもほぼ姿を消した。静かな水田に秋の深まりを思う▼春風に揺れる早苗、黄金色の稲穂…。折々の田んぼの風景は昔と変わらず移り変わる季節を映しだす。その一方で、今はめったにお目にかかれなくなった光景もある。水田の見張り役として一本足で立つ、あの案山子(かかし)の姿だ▼もともと案山子は「嗅(か)がし」で、獣肉を焼いた匂いで鳥獣を追い払ったとの説がある。人型になり、弓矢を携え武装した。見るからに強そうではあるが、その威嚇効果は古くから疑問だったようだ▼鳥や獣とはいえ、いくら武器を構えていても、少しも動かなければ危険ではないと知れる。カラスなどは半日もすればその姿を馬鹿にしたように近づいてくる。それでも人間はそんな案山子に黙って監視役を託し続けてきた▼民俗学者の柳田国男は、案山子の存在を「信仰の合理化」と言う。つまりは人の及ばぬ力を宿す田んぼの神だ。本来、ありがたき農村の味方。突っ立っているだけと揶揄(やゆ)されるのは心外だったろう▼〈子の描く顔父に似る案山子かな〉中居松月。昔はあぜ道にたたずむリアルな案山子に思わず話し掛けるお年寄りもいた。長いこと地道に農家を見守ってくれたユーモラスな神様。改めて感謝しながら、今年も新米をいただくとする。