南鉄の元運転士、ディーゼル機関車展示に期待/五戸

かつて自ら運転したディーゼル機関車の“帰郷”を心待ちにする髙橋與志夫さん=8日、五戸町 
かつて自ら運転したディーゼル機関車の“帰郷”を心待ちにする髙橋與志夫さん=8日、五戸町 
早ければ11月にも五戸町内で展示される旧南部鉄道のディーゼル機関車「DC351」の“帰郷”を、心待ちにしている町民がいる。かつては南鉄に勤務し、実際にDC351を運転したこともある同町天満の髙橋與志夫さん(85)=町文化協会監事=だ。「地域.....
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 早ければ11月にも五戸町内で展示される旧南部鉄道のディーゼル機関車「DC351」の“帰郷”を、心待ちにしている町民がいる。かつては南鉄に勤務し、実際にDC351を運転したこともある同町天満の髙橋與志夫さん(85)=町文化協会監事=だ。「地域の産業や経済、文化の発展に大きな役割を果たした車両。本当に懐かしく、予算をかけて町に持ってきてくれるのはありがたい」と話している。[br][br] 髙橋さんは同町出身。町立五戸中を卒業し旧南鉄(後の南部バス、現岩手県北自動車南部支社)に入り、鉄道部門に配属。後に観光部門などに異動し、40年にわたり同社に勤めた。働きながら青森県立五戸高定時制、法政大通信制を卒業した苦労人でもある。[br][br] 蒸気機関車(SL)の時代は毎日真っ黒になって業務に励んだ。運転士としても活躍し、貨物や貨客混合の列車で五戸駅から尻内駅(現JR八戸駅)までの路線を走った。[br][br] 実際にDC351を運転したのは他部署に異動するまでの2、3年ほど。「とにかく力があって運転しやすく、いい機関車だった。(同町)志戸岸付近の急な上り坂もスピードが落ちなかった」と振り返る。ピーク時は五戸―尻内間で1日当たり乗客2200人、木材やリンゴなど貨物98トンの輸送に使われたという。[br][br] SLはまきを入れてから発車まで4時間も「釜たき」しなければならなかった。南鉄でディーゼル導入1台目の機関車はパワーが弱く、上り坂では歩く人より遅かったほど。DC351は「蒸気を完全に駆逐し、無煙化を実現させた」とうたわれた名機だった。[br][br] “帰郷”に当たって、髙橋さんは「できれば屋根を架けてほしい」と注文。「もし可能なら、エンジン音を聞きたい。乗ってみたい。100メートルでもいいから走行させてみたいな」と夢は尽きない。南鉄の鉄道遺構はほとんど残っていないだけに、町の発展を支えた象徴として、末永く人々に親しまれることを願っている。[br][br] 町は本年度予算で、車両の運搬業務委託料800万円をはじめ、設置や記録映像作成費など計1300万円を里帰り事業関連費用に計上。展示場所は同町豊間内のごのへ郷土館を予定している。[br][br] DC351は1956年製造。南鉄は約10年間にわたり運用した後、67年に日本冶金工業(東京)に譲渡した。翌68年、南鉄の鉄道部門は十勝沖地震で大打撃を受け、69年に全線廃止。DC351は退役後に京都府内で展示され、昨年10月に町が無償で譲り受けることが決まった。かつて自ら運転したディーゼル機関車の“帰郷”を心待ちにする髙橋與志夫さん=8日、五戸町