北朝鮮の秘密交渉役が日本側との連絡を絶ったことで、日本人拉致問題解決への道は険しさを増している。安倍晋三前首相が在任中、事態を打開できなかった背景に、この日朝間のパイプ断絶があったのは明白だ。対北朝鮮交渉のバトンが菅義偉首相の手に渡った現在も、この構図に変化はないとみられる。日本政府は一段と難しい対応を迫られる。[br][br] ▽臆測[br] 「金正恩(キムジョンウン)朝鮮労働党総書記と日本政府を結ぶチャンネルは彼しかいなかった。北朝鮮のような国と付き合う上で欠かせない存在だった。彼抜きでは進まない」。交渉役の人となりを知る日本政府関係者は、当時をこう振り返る。秘密警察に当たる国家安全保衛部(現国家保衛省)幹部の部下だった交渉役は、日朝関係に改善の兆しが見えた2014年の水面下交渉に関与したが、その後「体調を崩した」と日本側関係者に伝達し、姿を見せなくなった。[br][br] 日朝関係は16年、再び冷え込んだ。日本は北朝鮮による核実験などを理由に同年2月、対北朝鮮独自制裁を強化し、今も解除していない。反発した北朝鮮は、拉致問題の再調査を行う特別調査委員会解体を表明した。14年の合意に基づき対日政策を推進する立場にあった交渉役にとって不本意な展開だったはずだ。連絡を絶ったことに、日本側では「対日交渉の不手際を問われて更迭されたのかもしれない」(官邸筋)との声も漏れる。[br][br] ▽懸念[br] 関係者によると、交渉役は、拉致被害者の田中実さんらの入国情報を日本側に非公式に伝えた人物だ。当時の安倍政権はこの経緯を対外的に伏せており、入国情報は宙に浮いたままだ。[br][br] 安倍政権が田中さんらの入国情報を秘匿したのは「北朝鮮は横田めぐみさんを含む他の複数の被害者に関し、納得できる安否情報を伝えてきていない。一部の情報提供で幕引きにされるのは困る」(政府筋)と考えたためとされる。こうした懸念も、交渉役との関係断絶の背後にちらつく。[br][br] ▽強硬[br] 交渉役の不在は、菅政権にも痛手だ。北朝鮮トップの金氏を日朝首脳会談のテーブルに着かせ、拉致解決へ譲歩を引き出すためには、金氏側近との極秘折衝が避けて通れないためだ。安倍政権の後期から日朝パイプの再構築という重責を担ってきた北村滋国家安全保障局長は、現時点で目に見える成果を上げていない。[br][br] 手詰まり感が漂う菅首相は、前任の安倍氏の方針を引き継ぎ、無条件での日朝首脳会談開催を金氏に呼び掛けている。拉致問題進展へトップ交渉をするのが狙いだ。だが北朝鮮は「(拉致は)完全無欠に解決された」(外務省日本研究所の李炳徳(リビョンドク)研究員)との強硬姿勢を堅持する。解決への展望は見えない。