東西をつなぐ架け橋に 歌手の近藤金吾さん、階上拠点に活動

「端と端をつなぐ架け橋のような存在になれたら」と語る歌手の近藤金吾さん=2月中旬、階上町
「端と端をつなぐ架け橋のような存在になれたら」と語る歌手の近藤金吾さん=2月中旬、階上町
音楽プロデュースやCMソングの制作を手掛けるシンガー・ソングライターの近藤金吾さん(58)は昨年秋、新型コロナウイルスの感染拡大を受け、拠点を東京から移し、縁もゆかりもない階上町内にアパート1室を借りた。出身は深浦町で、「青森県の西端で生ま.....
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 音楽プロデュースやCMソングの制作を手掛けるシンガー・ソングライターの近藤金吾さん(58)は昨年秋、新型コロナウイルスの感染拡大を受け、拠点を東京から移し、縁もゆかりもない階上町内にアパート1室を借りた。出身は深浦町で、「青森県の西端で生まれ育ったから、東端に住んでみたかった」という近藤さん。新天地での生活に創作意欲をみなぎらせながら「端と端をつなぐ架け橋のような存在になれたら」と意欲を見せている。[br][br] 近藤さんは県立五所川原農林高を卒業後上京。1996年、バンド「TIMESLIP―RENDEZVOUS(タイムスリップ・ランデブー)」のヴォーカリストとしてメジャーデビューした。バンド活動と並行して、県内企業のCMソングやプロバスケットボールチーム「青森ワッツ」の応援ソングなどを手掛け、現在は2015年10月から続くエフエム青森番組「近藤金吾のせーのでFight♪」のパーソナリティーとして活躍している。[br][br] 昨年からのコロナ禍で、感染拡大地域の東京からレギュラー番組のある青森へ向かうことが難しくなり、拠点を移すことを決意。妻子は実家のある深浦に住んでいるが、仕事の拠点にするには厳しい環境。「本当は青森市に住めば楽だったんですが…」。近藤さんを階上に向かわせたのは、西と東の端という地理的な理由だけでなく、過去の苦い経験があった。[br][br] 4年ほど前、ラジオ番組の収録で、階上町のリスナーからのメールを読んだ際、階上を「かいじょう」と誤読した。「生まれた青森県内なのに、地名が読めないなんて」とショックを受けたという。[br][br] 県内で最も遅く夕日が沈む町から、最も早く朝日が昇る町へ―。昨年10月、たまたま家賃が安くちょうどいい部屋が見つかり、即入居した。[br][br] 「端っこと端っこでこんなに違うものなんだ」。新しいことを知り、触れることでインスピレーションが湧くという近藤さん。町内の喫茶店でコーヒーを飲んだり、番組収録のため青森市へ向かう約2時間のドライブがお気に入りの時間だ。「本当に町の皆さんが優しい。スーパーのお刺し身の量もこっちの方が多い気がします」と笑う。[br][br] 今年1月ごろから、自身がプロデュースしたアイドル「青森ナイチンゲール」の楽曲が動画投稿アプリ「TikTok」(ティックトック)で大はやりし、3億回近い再生回数を記録した。「思いがけないことでびっくりしたが、素直にうれしいこと。ツキも向いてきたかな」と近藤さん。「コロナが収まったら引き払おうかなと思ったけど、もうこのまま住んじゃおうかな」。県最東端の町でも、新たな音楽をつむいでいく。「端と端をつなぐ架け橋のような存在になれたら」と語る歌手の近藤金吾さん=2月中旬、階上町