天鐘(1月19日)

先日、南部町の産直施設を訪ねたら、大根の干し菜が売られていた。今は食卓に上がることもめったになくなってしまったが、八戸地方を代表する冬の保存食である▼食材を干して長持ちさせるという知恵は、既に万葉の時代にはあったという。太陽の力は食べ物の保.....
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 先日、南部町の産直施設を訪ねたら、大根の干し菜が売られていた。今は食卓に上がることもめったになくなってしまったが、八戸地方を代表する冬の保存食である▼食材を干して長持ちさせるという知恵は、既に万葉の時代にはあったという。太陽の力は食べ物の保存性だけではなく、栄養や香り、うまみまでも高める。人々は昔からその土地土地で光と風を食の味方につけてきた▼「干す」という食文化の一端を、写真集『昭和残像 人々と暮らし』(デーリー東北新聞社)の中に見る。昭和20年代から30年代にかけての北奥羽。大根干しや干し柿、食用菊作りの様子を、当時のカメラが記録している▼秋の日差しの下に整然と並ぶ、大根や柿の光景はまさに壮観。一方で、海岸ではイカ干しやすき昆布、煮干し作りなどの姿もある。多彩な山海の乾物が当時の人々の胃袋を支えていたことをしのばせる▼厳しい気候ゆえに作物が実らず、何度も飢饉(ききん)に見舞われてきた南部地方。つらい生活の中から食材を保存する工夫が生まれ、その伝承に自然への感謝がにじむ。陳列棚の一束の干し菜も、そんな歴史をくぐってきた▼かつて小紙で食の連載をしていた中居幸介さんが、干し菜汁について書いている。「いっぱいの干し菜に、酒かす、赤唐辛子を入れる…口がやけどするくらい熱いのがいい」。懐かしくも感慨深いふるさとの味を、今夜あたり。