タマヤ食堂(階上)が閉店 作家三浦哲郎さん愛した「日本一」のらーめん

三浦哲郎さんも好んだ「タマヤ食堂」のらーめんと足立章子さん=30日、階上町
三浦哲郎さんも好んだ「タマヤ食堂」のらーめんと足立章子さん=30日、階上町
八戸市出身の芥川賞作家三浦哲郎さん(1931~2010年)がこよなく愛した階上町蒼前東5丁目のタマヤ食堂が、30日で閉店した。三浦さんが注文するのは決まって、日本一と評したしょうゆ味の「らーめん」だった。「自分では日本一なんて思わないけど、.....
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 八戸市出身の芥川賞作家三浦哲郎さん(1931~2010年)がこよなく愛した階上町蒼前東5丁目のタマヤ食堂が、30日で閉店した。三浦さんが注文するのは決まって、日本一と評したしょうゆ味の「らーめん」だった。「自分では日本一なんて思わないけど、三浦先生の舌にちょうど合ったのかな。三浦先生やお客さんたちに助けてもらい、ここまで続けられた」と店主の足立章子さん(76)。最終日まで常連客の温かさに包まれながら、53年にわたる歴史に幕を閉じた。[br][br] 足立さんが実家に食堂を構えたのは1967年。らーめんは煮干しや豚骨、昆布、野菜でだしを取ったスープで、客のアドバイスも聞きながら試行錯誤し、こくがありつつまろやかな味にたどり着いた。[br][br] 三浦さんの小説を原作としたNHK連続テレビ小説「繭子ひとり」(71~72年)の放送が終了した頃、常連だった八戸市の故鷹屋敷雄太郎さんが「先生」を連れてきた。足立さんは「何の先生だろうと思っていたが、『繭子ひとり』を書いた人だと紹介されて驚いた」と振り返る。鷹屋敷さんは、三浦さんが帰郷時の取材や山菜採りなどに出掛ける際の案内役だった。[br][br] らーめんをいたく気に入った三浦さんは、帰郷の度に足を運んだ。87年の本紙連載「ふれあい散歩道」では「蒼前のちいさな食堂の、これはおそらく日本一だと思われる支那(しな)そば」と絶賛。足立さんを「タマちゃん」と呼び、店に掛けるのれんをプレゼントしてくれたこともあったという。[br][br] 亡くなる5年ほど前にも、つえをつき、妻徳子さんに手を引かれて訪れ、今まで通り、らーめんを満足そうに食べて帰った。これが最後の来店になったが、大作家が愛した味として知られ、ファンも多く訪れた。[br][br] 常連客に支えられて一人で切り盛りしてきた足立さんだが、体力的な理由などから9月での店じまいを決断。最終日は午前10時ごろから続々と客が顔を出し、大忙しとなった。会社が近く、40年ほど前から通う八戸市の林賢吉さん(63)は「素朴だけど飽きない味。つい食べたくなる。なくなるのは寂しい」と話す。[br][br] 店内は感謝を込めた常連客からの花であふれた。最後まで笑顔を絶やさず接客した足立さんは「お客さんがお客さんを連れてきて、常連が増えていった。惜しまれながら閉店できるのはありがたいこと」と、きれいにスープがなくなったずんどうを眺め、充実感に浸っていた。三浦哲郎さんも好んだ「タマヤ食堂」のらーめんと足立章子さん=30日、階上町