天鐘(8月2日)

長雨が一段落した夕方、裏山から響くヒグラシの鳴き声を聞いた。一匹が鳴きだすと次々に共鳴し、にぎやかである。今年ももうセミの季節になったことに改めて気がついた▼1年12カ月を代表的な音で表現した那珂太郎さんの詩『音の歳時記』を思い出す。〈八月.....
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 長雨が一段落した夕方、裏山から響くヒグラシの鳴き声を聞いた。一匹が鳴きだすと次々に共鳴し、にぎやかである。今年ももうセミの季節になったことに改めて気がついた▼1年12カ月を代表的な音で表現した那珂太郎さんの詩『音の歳時記』を思い出す。〈八月 かなかなかな…〉。真夏はやはりヒグラシらしい。ちなみに1月は〈しいん〉。冬の静寂である。2月は〈ぴしり〉と氷が割れる▼〈たふたふ〉と小川が流れるのは3月。4月は蝶が〈ひらひら〉と舞う。〈さわさわ〉と風が木立を揺らして5月。6月は梅雨の〈しとしと〉だ。7月〈ぎよぎよ〉は蛙の合唱。どれにも心が癒やされる▼「かなかな」の8月に、本来なら「ヤーレ、ヤーレ」の掛け声が重なるはずだった。ふるさとの祭りは感染症の広がりで、今年は山車の運行がなくなった。街に流れる笛太鼓の音色もちょっとだけ寂しげである▼思えば、この半年、こうした自然の音にどれだけ静かに耳を傾けられただろう。全てがコロナに追い回された日々である。〈たふたふ〉も〈ひらひら〉も〈さわさわ〉も、あっという間に過ぎて行った▼9月〈りりりりり〉虫の声。10月〈かさこそ〉落ち葉にリス。11月〈さくさく〉霜柱。12月〈しんしん〉雪が降る。お囃子がやめば、今年は一層駆け足だろう。折々の音に耳を澄ませたい。辛い世に、せめて心だけは穏やかであるために。