【国内コロナ死者1万人超】予期せぬ別れ、どう向き合う 精神科医・作家、岡田尊司さんインタビュー

 「母は遠くに行ったのではなく、近くにいるように感じる」と語る岡田尊司さん
 「母は遠くに行ったのではなく、近くにいるように感じる」と語る岡田尊司さん
日本国内で新型コロナウイルスに感染し、亡くなった人が1万人を超えた。感染症の流行は、大切な家族との死別やみとりの在り方にまで深い影響を及ぼした。入院した家族とは面会もできず、最期を迎えても言葉さえ掛けられない。精神科医で作家の岡田尊司さんは.....
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 日本国内で新型コロナウイルスに感染し、亡くなった人が1万人を超えた。感染症の流行は、大切な家族との死別やみとりの在り方にまで深い影響を及ぼした。入院した家族とは面会もできず、最期を迎えても言葉さえ掛けられない。精神科医で作家の岡田尊司さんは、昨年5月に母を突然失った。近著「母親を失うということ」は、深い喪失感を見つめた手記だ。予期せぬ別れ、やり場のない悲しみに、どう向き合ったのか聞いた。(聞き手・共同通信編集委員 松島芳彦)[br][br][br] ―訃報を受けたのは。[br] 「緊急事態宣言下の昨年5月13日だ。母は腰痛と貧血のため入院、5日目に急変して亡くなった。死因は新型コロナウイルスではなかったが、感染対策のため病院では一切面会できず、世話一つしてやれないまま逝った。伝えたかった思いを聞き『ありがとう』と言うことさえできなかった。自分にできることが、もっとあったのではないかと強く悔やまれる」[br][br] 「母は香川県の実家で1人暮らしをしていた。入院前も、京都に住む私が心配して帰郷すると言うと、コロナを気にして反対した。負担を掛けたくない思いもあったのだろう。『来んでええで』という言葉が忘れられない」[br][br] ▼喪失感[br] ―手記に込めた思いは。[br] 「母との死別は極めて個人的な出来事だが、ほとんどの人がいずれ経験する。気持ちの用意ができていない時には大変な痛手を被る。それをどう乗り越え、心の整理をつけてゆくか。今のような状況下で広く共通する試練だと思う」[br][br] 「コロナで肉親を失った遺族にも、私と同じような喪失感や罪の意識を抱えている人が多いのではないか。体験者の一人として、過酷な状況が生死を分けても、大切な人との間には決して失われないものがあることを伝えたかった」[br][br] ―「書く」ことの意味は。[br] 「死後1カ月も過ぎないうちに筆を執った。書くことで悲しみの荷を下ろし、心のバランスを取ろうとしていたのだろう。それが何か大切なことにつながっているという思いもあった」[br][br] 「人間はつらいことは忘れてゆく。ずっと悲しみに向き合うのは難しい。楽になりたいと感じる一方で、忘れてゆくこと自体が悲しい。逃れようのない忘却に少しでもあらがう試みでもあった」[br][br] 「時間の経過とともに記憶も薄れる。悲しみが最も深い時に記録しなければ、名もなき女性の生涯が消えてしまう」[br][br] ―改めて「母」とは。[br] 「精神的にも、生物学的にも特別な存在だ。子は母と心の絆を結ぶ体験を通して対人関係の基盤を築き、心の最終的なよりどころを獲得する」[br][br] 「精神科医として、大切な人を失った多くの例に関わってきた。だが自分自身が体験した衝撃は、訃報を受けて自宅に戻る途中、駅で倒れてしまったほどだ」[br][br] 「呼べども答えがない寂しさは、生まれてずっと愛着の対象であった存在からの応答を永遠に失うことだ。呼吸ができない苦しさに似ていた」[br][br] 「母自身も小さい頃に母親を亡くしている。嫁ぎ先でもさまざまな苦労があったので、涙に暮れることも多かった。母が注いでくれた愛情だけでなく、彼女の苦しみや悲しみも含めて、私が生きていく原動力となっていた」[br][br] ▼増える鬱[br] ―コロナの閉塞(へいそく)状況が心に与える影響は。[br] 「日々の診療を通じて、鬱(うつ)の症状が増えていると感じる。緊急事態宣言が何度も出て、母子ともに外に出ない時間が増えると、虐待的な行為が起きやすくなる」[br][br] 「増加する児童虐待には、多くの場合、愛着の問題も潜む。十分な愛情を受けずに育ち、情緒や対人関係に困難が生じる『愛着障害』に悩む人が増えている。わが子を虐待する若い親も、自分の親から愛されなかった悲劇を抱えている場合がある」[br][br] 「かつては兄弟も多かったし、祖父母との同居も普通だった。子ども一人一人に手間を掛ける時間は少なかったが、不足分は家族で補い合う関係があった。今は核家族化や少子化が進み、子どもは愛情や世話を受けやすいはずなのに、必ずしもそうはなっていない。共働きが増えるなど、母子が安定した愛着を育む環境に変化が生じている」[br][br] ▼「安全基地」[br] ―コロナ禍で人間関係も揺れた。精神科医として「愛着」の問題に取り組んでいる。[br] 「愛着とは、人間関係と精神的な安定の土台だ。安定した愛着関係を持てる相手は、自分の安全基地、心の避難場所として機能する。人間には無条件に受け入れてくれる存在が必要だ。母という安全基地があったので、私は安心して自分の可能性を試すことができた」[br][br] 「かつて医療少年院で勤務していた。問題を起こす少年や少女の多くに愛着障害がある。親が幼い子に十分な愛情を注がず、安全基地として機能しないと、子どもは心のよりどころが持てない」[br][br] 「そうなると、自分や世界を無条件で信じられない。アイデンティティーの問題に苦しみ、不安に耐えきれず、何かにすがろうとする。愛情の代用品に溺れ、薬物などの依存症に陥りやすい」[br][br][br] ■おかだ・たかし 1960年、香川県生まれ。東京大哲学科中退、京都大医学部卒。岡田クリニック(大阪府枚方市)院長、日本心理教育センター顧問。元山形大客員教授。非定型発達、パーソナリティー障害、愛着障害などが専門。京都医療少年院でも勤務した。著書に「悲しみの子どもたち」「発達障害と呼ばないで」「愛着障害」「マインド・コントロール」など。小笠原慧(おがさわらけい)の筆名で「DZ」(横溝正史賞)「風の音が聞こえませんか」などの小説も執筆。 「母は遠くに行ったのではなく、近くにいるように感じる」と語る岡田尊司さん