天鐘(4月23日)

太宰治の短編『水仙』に金持ちの家で食事をご馳走になる場面がある。蜆(しじみ)汁の貝の肉を箸でほじくって食べていたら、夫人が「そんなもの食べて何ともありません?」と驚きの声…▼上流の人達は蜆汁は汁だけを飲み、肉は捨てるのだ。無心の質問に、僕は.....
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 太宰治の短編『水仙』に金持ちの家で食事をご馳走になる場面がある。蜆(しじみ)汁の貝の肉を箸でほじくって食べていたら、夫人が「そんなもの食べて何ともありません?」と驚きの声…▼上流の人達は蜆汁は汁だけを飲み、肉は捨てるのだ。無心の質問に、僕は箸と椀(わん)を持ったままうなだれて返事が出来なかった。涙が沸いて出た…。自尊心と劣等感に揺さぶられる太宰ならではの狼狽ぶりである▼蜆汁を飲む度、この短編を思い出す。勿論身を美味しくいただき、汁は砂を避けて少しだけ残す。食後、肝臓が息を吹き返すような気がする。縄文の昔、蜆や浅蜊(あさり)、蛤(はまぐり)が貴重なタンパク源だったことも納得である▼だが、金持ちの夫人には「醜悪な肉」としか映らない。確かに昔は「食べるのはマナー違反」とする俗習もあったとか。だが、今は小粒の貝なら仕方ないが、日本料理の作法にマナー違反の考えはないという▼大方の調査で身も食べる人が8割。2割はせっかちか嫌いな人。蜆はアルコール代謝を助けるオルニチンを多量に含み、疲れた肝臓を癒やしてくれる。鉄分やミネラルの栄養素もたっぷりなスーパーフードである▼小川原湖産の大和(やまと)蜆をいただいた。出汁(だし)の風味は勿論、ぷりぷりの身も食べ応え十分。捨てるなんてとんでもない。資源は豊かだが、担い手不足で漁獲量は年々減少傾向にあるというから心配だ。今日4(し)月23(じみ)日は「蜆の日」。