天鐘(1月15日)

「南部の私大」。私大は私立大学の略ではなく「わたくしだい」と読む。「旧暦12月が小の月の場合、大の月と見なして元日を1日遅らせる」という微調整した南部の特別な暦のことだ▼昔は月の動きを元にした「太陰暦」を使っており、小の月末は29日、大の月.....
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 「南部の私大」。私大は私立大学の略ではなく「わたくしだい」と読む。「旧暦12月が小の月の場合、大の月と見なして元日を1日遅らせる」という微調整した南部の特別な暦のことだ▼昔は月の動きを元にした「太陰暦」を使っており、小の月末は29日、大の月末は30日。これを南部では12月が「小(しょう)」になると「大(だい)」に置き換え、本来の元日を大晦日(おおみそか)として締め括(くく)り、2日を元日として祝った▼遅れをそのままにするといろいろと不都合も生じるので、盛岡藩は何と正月19日を、八戸藩は21日を飛ばして本来の暦に追い付いた。なぜこれほど面倒臭い“暦のリセット”までして「私大」にこだわったのか?▼太祖南部光行が糠部(ぬかのぶ)に入部したのは1191(建久2)年12月28日。この年は閏(うるう)年で30日がなく、新年の準備が間に合わなかったため、30日を“特設”して祝った(正部家種康著『みちのく南部八百年』)と▼光行自身の奥州下向は否定され、「私大」の由来も伝説の域を出ないが、明治5年の改暦前までその慣習は残った。南部家の「家例(かれい)」として800年年余にわたり継承し、先祖の労苦に思いを馳せてきたのだろう▼今日は女の正月「小正月」。家臣らはこの日、遅れて到着した女達のために改めて新年を祝った。明日は包丁や針などの金物を使ってはいけない日。家事から女達を解放して労(いたわ)る南部の男衆の優しさがこもる日でもある。