天鐘(11月30日)

谷崎潤一郎は流麗に言葉を紡いだ。「玉のように半透明に曇った肌が、奥の方まで日の光を吸い取って夢みる如きほの明るさを啣(ふく)んでいる感じ」。その感性に倣えば、見た目が地味な羊羹(ようかん)も高貴に思えてくる▼随筆集の『陰翳(いんえい)礼賛』.....
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 谷崎潤一郎は流麗に言葉を紡いだ。「玉のように半透明に曇った肌が、奥の方まで日の光を吸い取って夢みる如きほの明るさを啣(ふく)んでいる感じ」。その感性に倣えば、見た目が地味な羊羹(ようかん)も高貴に思えてくる▼随筆集の『陰翳(いんえい)礼賛』から引いた。鎖国が解かれて妄信的な西洋化が進む現状を憂い、古き良き日本の美意識をつづる。黒い羊羹、薄暗い厠(かわや)…。取り上げた題材には意表を突かれるが、着眼点に思わずうなる▼「ともし火の穂のゆらめきを映し、静かな部屋にもをり〓(くの字点)風のおとづれのあることを教えて、そゞろに人を瞑想(めいそう)に誘い込む」。黒、茶、赤の色は闇の堆積、ほの明かりによって艶めく。漆器への賛辞である▼伝統と技が光る漆工芸。大航海時代にはジパングを象徴する交易品として海を渡った。悠久の時を経て、その絶対的価値が再び内外に発信される。浄法寺(二戸市)に息づく漆文化が近く世界遺産に登録される見通しだ▼「黄金千両 漆千杯」と長者伝説に登場するほどの貴重品。それは今も変わらず、大半が輸入品で国産は全体の3%にとどまる。その7割を担う浄法寺は「うるしの國」を謳(うた)う。産地の保護、担い手育成に弾みを付けたい▼熱いつゆを盛った椀を手にすると、汁の重みと温(ぬく)みが伝わる。かの文豪が「何よりも好む」とした感覚である。漆の語源は「麗し」「潤し」とも。風情は日々の暮らしでも味わえる。