天鐘(11月12日)

作家の小関智弘さんは元旋盤工。ある著書の中で「旋盤工は耳も鍛えなくてはならない」と言っている。鉄を削る音がシュルンシュルンと澄んでいれば、「ご機嫌な音」なのだそうだ▼職人ならではの感性だろう。先日の紙面に載った、本年度の「現代の名工」のニュ.....
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 作家の小関智弘さんは元旋盤工。ある著書の中で「旋盤工は耳も鍛えなくてはならない」と言っている。鉄を削る音がシュルンシュルンと澄んでいれば、「ご機嫌な音」なのだそうだ▼職人ならではの感性だろう。先日の紙面に載った、本年度の「現代の名工」のニュースで思い出した言葉である。同時に、同じく音に耳を澄ませた“職人”として、ふとこの人のことを思った▼先月亡くなった筒美京平さんである。「アーティスト」ではなく、「職業作曲家」と名乗った。生涯3千曲を世に放ちながら、ほとんど表舞台に立っていない。「好きな曲を作るのではなく、売れる曲を作るのが仕事だから」▼訃報から1カ月。改めて名曲の数々を追ってみれば、サビだけでなく、ほぼ前奏から思い出せることに驚く。例えは変だが、尻尾まであんこの詰まったタイ焼きのよう。それもまた、職人の技だ▼メモ程度の走り書きで作った『センチメンタル・ジャーニー』、若い男女の長い会話を、せつない恋物語に仕立てた『木綿のハンカチーフ』。注文があればどんな素材にも向き合い、いつも予想を超えた出来に仕上げて返した▼丹念に音符を削り、磨き、組み立てる。まさに五線譜上の「名工」であろう。昭和、平成と、筒美さんの手による「ご機嫌な音」は常に時代を彩ってきた。それらはまた、電源一つでいつでも鮮やかに蘇(よみがえ)るキラ星たちである。