天鐘(10月2日)

釣り糸を垂らしていたら、向こうから大きな歓声が聞こえてきた。岸壁の端から順に竿がしなっている。サビキの仕掛けに数匹の小魚。夕暮れで色が深まる海をのぞくとキラキラ輝いている。イワシの回遊である▼魚群に見とれる。ふと絵本の『スイミー』を思い出し.....
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 釣り糸を垂らしていたら、向こうから大きな歓声が聞こえてきた。岸壁の端から順に竿がしなっている。サビキの仕掛けに数匹の小魚。夕暮れで色が深まる海をのぞくとキラキラ輝いている。イワシの回遊である▼魚群に見とれる。ふと絵本の『スイミー』を思い出した。半世紀以上にわたり世界で愛される名作。主人公の小魚が岩陰でおびえる仲間を励まし、集団で大きな魚に見せかけ天敵を追い払う場面は有名だ▼イワシも同じ行動をとるが、捕食のリスクを減らすのが目的。大群をなしていれば個々が狙われる確率は低くなる。鬼ごっこを想像すると理解しやすい。「希釈効果」は弱肉強食の自然界を生き延びる知恵である▼再び絵本の話へ。物語の結末が印象的なこともあり、助け合うことの重要性が主題とされることが多い。もちろん大切な教訓である。伝えたいメッセージは他にも。作者の生い立ちが反映されているという▼レオ・レオニはユダヤ人。迫害を避けて大戦中に米国へ亡命し、絵本作家として名をあげた。一方、兄弟を失って独り大海をさまようスイミー。様々な出会いを重ね、世界の広さを知り、たくましく成長していく▼喪失を乗り越えて自分の価値を見いだす―。本人が「真の寓話(ぐうわ)」と語る特別な作品だった。差別も孤立も、闇が際立つ社会である。光のある場所へ。SOSには手を差し伸べたい。絵本が教えている。