【連載・虚しき報せ】(5)・完 現代への教訓 “見えざる手”に注意を

大本営発表を知る重要性を語る辻田真佐憲さん(右)と宇田川幸大准教授=2月、東京都内
大本営発表を知る重要性を語る辻田真佐憲さん(右)と宇田川幸大准教授=2月、東京都内
「会津藩の教えには、矛盾する箇所があるんです。『年長者に背いてはならない』と『うそをついてはならない』」。平出(ひらいで)英夫を大伯父に持つ三沢市の平出修一さん(63)は、平出の真意を斗南(会津)藩士という出自から推測。「軍という組織の中に.....
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 「会津藩の教えには、矛盾する箇所があるんです。『年長者に背いてはならない』と『うそをついてはならない』」。平出(ひらいで)英夫を大伯父に持つ三沢市の平出修一さん(63)は、平出の真意を斗南(会津)藩士という出自から推測。「軍という組織の中にいる以上、うそと分かっていながら宣伝する立場の負担は相当だったはずなんです」と思いやる。[br] 近現代史研究者の辻田真佐憲(まさのり)さんは2016年、著書「大本営発表」(幻冬舎)を刊行し、一躍話題を集めた。執筆の契機となったのは、11年の東日本大震災から高まりつつある、政治とメディアの関係に対する国民不信だ。[br] 戦時中の大本営発表は、軍部が報道機関を支配下に置くことで完成し、記者が発表の真偽を公に問うことは不可能だった。辻田さんは「近年、公式発表をベースとした報道をするべきだ―との意見もあるが、それだけに基づいた独自記事は公式発表の補強や側面支援でしかなく、政治・行政側のでたらめな発表を乱発させるだけ」と指摘。「報道機関の独立性は国民の共有財産。個々の記者の取材現場における振る舞いもさることながら、国民のマスコミ批判は、政治との癒着にこそ向けられるべきだ」と強調する。[br] 劇団アガリスクエンターテイメントが19年に上演した「発表せよ!大本営!」は、脚本家の冨坂友さんが辻田さんの著作に刺激を受けて制作した作品だ。[br] 平出をモデルとした「平入(ひらいり)大佐」ら大本営海軍報道部の面々が、負け戦の発表を認めたがらない海軍関係者に振り回されるドタバタ劇。懸命な“努力”の結果、虚偽だらけの発表内容がまとまったところで大団円を迎え、観客はそこはかとない違和感を味わう。[br] 冨坂さんは「与えられた任務に対する頑張りや達成感と、その任務自体の善悪は別物だということを伝えたかった」と述懐。「戦時中は、日本国民が一つの価値観を盲信したことで破滅に向かった。現代の私たちは、多様な視座を持ち、物事の是非を考えながら慎重に選ぶことが大事なのでは」と問い掛ける。[br] 平出は極東国際軍事裁判に起訴されることはなかったが、「これは平出の宣伝政策に問題がなかったということを証明するものではない」。同裁判に詳しい、中央大商学部の宇田川幸大准教授(日本現代史専攻)はそう注意を促す。[br] 実際、各地の住民への迫害や一方的収奪、日本軍「慰安婦」問題など、同裁判が十分に取り扱わなかった日本軍の加害行為は少なくない。「虚偽の情報による人々のミスリードも、本来は厳しく裁かれ、検証される必要がある」と指摘する。[br] 戦前の新聞検閲に詳しい青森県県民生活文化課県史普及担当の中園裕主幹は「戦前の検閲や大本営発表などの情報操作は、今から見れば権力の介入が分かりやすかった。現在は情報媒体が多様化した半面、“見えざる手”に誘導されやすい側面もある」と指摘。「平出らによる情報操作の歴史をたどることで、どんな形の情報操作が行われるのかを知っておく契機にしてほしい」と呼び掛ける。大本営発表を知る重要性を語る辻田真佐憲さん(右)と宇田川幸大准教授=2月、東京都内