天鐘(8月6日)

小柄な女性。いつも笑顔だった。運動が得意で明朗活発。時に勇ましくもあった。中学の卒業に当たって、男性の友人に宛てた寄せ書きに人柄がにじむ。「君が正しいと思ったことはきっとやり遂げるんだぞ!」▼わずか1年後、楮山(かじやま)ヒロ子さんは急性白.....
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 小柄な女性。いつも笑顔だった。運動が得意で明朗活発。時に勇ましくもあった。中学の卒業に当たって、男性の友人に宛てた寄せ書きに人柄がにじむ。「君が正しいと思ったことはきっとやり遂げるんだぞ!」▼わずか1年後、楮山(かじやま)ヒロ子さんは急性白血病で夭逝(ようせい)する。広島に原爆が投下されたのは1歳の時。爆心地から1・3キロの自宅で被ばくした。それでも健やかに成長。まぶしい青春が突然、終わりを告げる▼日記を残していた。「あの痛々しい産業奨励館だけが、いつまでも恐るべき原爆を世に訴えてくれるだろう」。図らずも人生最後となった夏、日付は8月6日だった。平和への想いは後に世の中を突き動かす▼産業奨励館とは朽ち果てた原爆ドーム。存廃で揺れていた。日記の存在が知れ渡り、市民運動は大きなうねりに。1966年に永久保存が決まり、30年を経て世界遺産。核廃絶のシンボルとなった▼原爆は凄惨(せいさん)な威力で一瞬にして多くの命を奪った。戦後75年の今も被害者の心身を蝕(むし)ばむ。広島、そして長崎の悲劇は過去形でない。世界にはいまだ1万発以上の核兵器が存在する。やはり現在進行形なのだ▼あの日から時は止まったまま。鉄骨をさらす原爆ドームの姿は強烈な訴求力を持つ。だからこそ少女は願いを重ねたのだろう。唯一の戦争被爆国である日本の現状は。政治が好む「レガシー」(遺産)の言葉が空々しい。