原子力産業の品質保証は他産業と比べ、極めて高い水準が要求される。日本原燃にも安全確保を第一とする品質保証体制の構築と、その先にある安全文化の醸成が求められている。実現するためには、現場レベルに常識を疑う意識を根付かせる必要がある。[br] トラブルの主要因であるヒューマンエラーは思い込みが原因であることが多い。例として昨夏、再処理工場で排風機故障を端緒に発覚したモーターの駆動ベルトの発注ミスは、協力会社が交換作業の過程で発注を担当した原燃社員に「適切なベルトではない」と指摘していたと聞く。[br] 社員は、指摘されてもさまざまな要因が絡んで「正しい部品を注文した」との思い込みから抜け出せなかったのではないか。[br] ミスをなくすためにダブルチェックを確実にするといった対策が一般的に講じられる。ただ、作業量や経済コストの問題で実践が難しい場合がある。[br] 重要になるのが安全文化という考え方だ。抽象的と思うかもしれないが、組織風土によって作業員の行動は規制される。企業のトップが「注意力を持て」などと声高に叫んでも解決にはつながりにくい。[br] 約30年前、建設現場でヘルメット着用は徹底されていなかった。当たり前になったのは、安全のために着用は必須―という文化が根付いたためだ。[br] 文化を醸成する手だてとして、社内の品質保証部門の権限強化が挙げられる。品証部門の指示は絶対という認識を共有する。そしてトラブルのたびに加筆されたマニュアルについて、品証部門が重要な部分を明確化するなどの改善を担えば、安全文化は比較的早く醸成されていく。[br] その上で、現場が常識を変えていくという意識を持たなければならない。組織には安全文化の醸成を阻害する、前例踏襲を重んじる文化が存在する。[br] 一方、4年前に原燃の社内で起きた不適切な報告問題を踏まえると、ボトムアップ型の情報伝達システムも整備する必要がある。[br] 原燃には各電力会社から派遣された人が上層部を占めるという複雑な構造がある。仕事で原燃を訪ねたことがあるが、特にプロパー(生え抜き)の現場監督者からは安全を大事にする気概を感じた。現場の情報を吸い上げるためには、プロパー社員の幹部登用も積極的に進めるべきだ。[br][br] 【略歴】いのうえ・しいちろう 慶応大大学院博士課程、労働科学研究所を経て、1989年から26年間、関東学院大人間環境学部教授を務めた。原子力安全委員会や原子力安全・保安院で分科会、懇談会の委員も歴任。2015年から公益財団法人大原記念労働科学研究所理事(研究主幹)。現在も原子力事業者らにヒューマンエラー対策に関し、アドバイスしている。75歳。山梨県出身。