水門と仮設住宅の一部、震災遺構として保存へ 防災教育に活用/野田村

津波でコンクリートがめくれた米田水門の屋根。保存に向けた補修工事が進む=6月25日、野田村米田地区
津波でコンクリートがめくれた米田水門の屋根。保存に向けた補修工事が進む=6月25日、野田村米田地区
2011年の東日本大震災で甚大な被害を受けた野田村で、津波で壊れた米田水門と応急仮設住宅の一部が震災遺構として保存されることになった。コンクリートの屋根がめくれ上がった水門は津波の威力を、仮設住宅は不便を強いられた被災者の暮らしをそれぞれ物.....
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 2011年の東日本大震災で甚大な被害を受けた野田村で、津波で壊れた米田水門と応急仮設住宅の一部が震災遺構として保存されることになった。コンクリートの屋根がめくれ上がった水門は津波の威力を、仮設住宅は不便を強いられた被災者の暮らしをそれぞれ物語る。村は震災の記憶を後世に伝えるとともに、防災教育に活用する考えだ。[br] 震災の津波は、高さ22・5メートルの米田水門がある米田地区も襲った。崖や建物などにぶつかって見る見る大きくなり、陸上での高さを示す津波遡上(そじょう)高は村内最高の37・8メートルを観測。水門は屋根部分の海側だけコンクリートがめくれ、鉄筋がむき出しになった。[br] 岩手県はこれまでに同地区の防潮堤のかさ上げを完了。本年度は水門の改修を進める。当初は元通りにする予定だったが、村の要望を受け、震災の深い爪痕を残す屋根は、保存しつつ使用する方針を決めた。[br] 現状の形をできる限り維持するため、県は安全対策工事を実施。ひび割れを直して全体を樹脂モルタルで補修し、剝がれたコンクリート片はワイヤで支える。8月までに終え、津波の到達高を伝える看板も設置する。[br] 下安家地区の国民宿舎えぼし荘近くに建つ応急仮設住宅は、11年6月に完成した。もともとは2棟10部屋があり、ピーク時には5世帯22人が利用していたが、15年に全世帯が退去。1棟は解体され、現在は村が県から譲り受けた6部屋が残る。[br] 村はこのうち3部屋を保存し、仮設住宅での生活を体験できる施設として再利用する。地元ガイドが被災箇所を案内するコースに組み込むほか、防災教育での活用を想定。観光客の宿泊利用も検討中だ。[br] 近く改修工事に着手。建築基準法をクリアするため、近隣に整備した基礎の上に移設する曳家(ひきや)を行い、水道や電気も使えるようにする。事業費は2285万円。早ければ年末にも利用を開始する。[br] 震災後、村内には5地区計213屋の仮設住宅があったが、災害公営住宅の整備や自力再建が進み、下安家地区のほかは17年までに取り壊している。[br] 小田祐士村長は「どれだけ大きな津波だったか、被災者はどんな生活をしたのか。記憶を後世につなぐために、見たり触れたりできる遺構が果たす役割は大きい」と期待を込める。津波でコンクリートがめくれた米田水門の屋根。保存に向けた補修工事が進む=6月25日、野田村米田地区