天鐘(10月10日)

落語家で人間国宝の柳家小三治さんは、その端正な語りもさることながら、「まくら」の面白さで有名だ。落語集はもちろん、まくらだけを集めた本やCDまで発売されている▼落語のまくらとは本題に入る前の、いわゆる導入部分。そこで場を暖め、これから話す内.....
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 落語家で人間国宝の柳家小三治さんは、その端正な語りもさることながら、「まくら」の面白さで有名だ。落語集はもちろん、まくらだけを集めた本やCDまで発売されている▼落語のまくらとは本題に入る前の、いわゆる導入部分。そこで場を暖め、これから話す内容に興味を持ってもらう。まくらは「話す」ではなく、「振る」という。客を「振り向かせる」にも通じるようだ▼以前、都内の書店で本の題名を伏せ、書き出し部分だけ表示して売り出したことがある。題して「ほんのまくら」フェア。著者はおろか、どんなジャンルかさえも分からない。それでもその奇抜さが受け、予想外の人気だった▼誰もが知っている小説の書き出しは〈国境の長いトンネルを抜けると…〉か。遠い昔、筆者は〈メロスは激怒した〉で、思わず本編へとのめり込んだ。さすが故郷の文豪、見事なまくらの振りである▼良書との出会いは時に偶然だ。宿題の感想文を書くため仕方なく読み始めた本に夢中になった。往々にして読書の感動は、良い意味で事前の予想を裏切った時に大きい。ふと手にした一冊が生涯の友になったりもする▼秋の夜長。本物の枕の横にも2、3冊置いてみたくなる季節である。書店では不思議な出会いも待っていよう。書き出しだけで選ぶも良し。何なら目をつぶったまま、文庫の棚から一冊チョイスするのも面白いかもしれない。