【刻む記憶~東日本大震災10年】「助けたかった」思い今でも 消防団員の前川さん(野田)

震災当日の救助活動を振り返る前川安男さん=5日、野田村
震災当日の救助活動を振り返る前川安男さん=5日、野田村
救った命と救えなかった命があった。野田村野田の前川安男さん(63)は東日本大震災の直後、消防団員として津波に流された人たちの救助に奔走した。再び津波が来るかもしれない恐怖の中、幾つもの命を救った。だが、今でも思い出すのは1人の男性の顔だ。「.....
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救った命と救えなかった命があった。野田村野田の前川安男さん(63)は東日本大震災の直後、消防団員として津波に流された人たちの救助に奔走した。再び津波が来るかもしれない恐怖の中、幾つもの命を救った。だが、今でも思い出すのは1人の男性の顔だ。「助けたかった。約束したのに」。目の前でこぼれ落ちた一つの命があったことを決して忘れることはない。 大きな揺れの後、消防指令車で十府ケ浦海岸に向かった。「沖がすごい」。誰かの声で顔を上げると津波が見えた。近くにいた住民を急いで避難させ、最後にその場を離れた時には波が目前まで迫っていた。[br] 防潮林がばきばきとなぎ倒されていくのを背中越しに感じ、ぎりぎりで高台の集落にたどり着いた。そこで目にしたのは、第1波をはるかに超える真っ黒な津波が住宅や車を丸のみにする光景だった。[br] 水が引いた後、再び襲来するかもしれない津波の危険と隣り合わせの救助活動が始まった。[br] 三陸鉄道の渡線橋でがれきの下敷きになった高齢の女性を救助していた時、声が聞こえた。助けてくれ―。谷のようになった場所を通る線路を挟んだ反対側で、むき出しになった住宅の柱にしがみつく男性が見えた。衣服は流されて下着姿だった。[br] 男性のところへ向かう途中、がれきに覆われた線路に車ごと落下した女の子と母親を見つけた。「子どもを先に助けないと」。親子をロープでつり上げて救助した後、線路を越え、四つんばいで斜面を駆け上った。男性は辛うじて会話はできたが、明らかに低体温症だった。[br] 「絶対助けるから。安心しろ」。男性を抱えて何度も励ました。その時、爆発音とともに、押し流された背後の住宅から炎が上がった。「火がこっちに来る。急げ」。若い団員に声を掛け、毛布をたんか代わりにして一緒に走った。[br] 救急隊に引き渡した時には、男性は呼び掛けに反応しなくなっていた。その日の夜、消防本部からの連絡で男性が亡くなったと聞いた。身元が判明し、村外に住むトラック運転手と知ったのは、しばらくたってからだった。[br] 震災から2年ほどは、夢の中で男性の助けを求める声が聞こえて夜中に目が覚めた。「頑張ったけれど、助けられなかった。ごめん」。あれから9年半。ようやく当時のことを話せるようになった。[br] 現在は村消防団の副団長として後進を育成する立場となった。ただ、震災の経験をどう伝えるか、迷いもある。「そのまま話したら、誰も消防団になんか入ってくれないよ」。冗談交じりに言うが、半分は本音だ。あの日起きたことは、それだけ特別だった。[br]  □  □  □[br] 東北地方に甚大な被害をもたらした東日本大震災から、来年3月11日で10年となる。被災者の証言を通してあの日を振り返る。[br]※随時掲載震災当日の救助活動を振り返る前川安男さん=5日、野田村