天鐘(9月10日)

水墨画には色がない。にもかかわらず「墨に五彩あり」と謳(うた)われる。ぼかし、にじみが独特の世界観を生む。光を見せるために影を見せる。巧みな濃淡で詩趣あふれる情景を描き出す。白黒の諧調が味わい深い▼無色で抽象的だからこそ、造形と構図で表現を.....
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 水墨画には色がない。にもかかわらず「墨に五彩あり」と謳(うた)われる。ぼかし、にじみが独特の世界観を生む。光を見せるために影を見せる。巧みな濃淡で詩趣あふれる情景を描き出す。白黒の諧調が味わい深い▼無色で抽象的だからこそ、造形と構図で表現を補う。陰影は想像をかき立てる余白である。観賞者の感性と作者が意図する精神性が相互に作用する。制約を念頭に限られた言葉で感情を紡ぐ俳句にどこか似ている▼油絵や水彩画は少し趣が異なる。出会った瞬間に色が目に飛び込んでくる。表現は比して現実に近く具体的。作品の魅力を最大限に引き出して余情を誘う。豊かな彩りもやはり心を動かす力を有している▼テレビのカラー放送が本格的に始まったのは、ちょうど60年前のこと。白黒から段階を経て、ついに「総天然色テレビジョン」が登場する。東京五輪の熱気と高度経済成長の勢いに乗り、瞬く間に生活に溶け込んでいった▼技術革新に伴って、新・三種の神器はブラウン管から液晶へ。放送はデジタルに移行し、高精細への挑戦が続く。鮮やかな映像が伝えてきたのは時代の息遣い。人々の営みや移ろいゆく四季である▼近頃はどうだろう。蔓延(はびこ)る誹謗(ひぼう)中傷、分断の深刻化が気掛かりだ。多彩であるはずの世の中が色を失ってはいまいか。「画は人なり」とは日本画の巨匠・横山大観の箴言(しんげん)。社会もまた心を映す鏡である。