天鐘(5月29日)

明治の文豪、夏目漱石は鼻筋が通ったハンサムで東大英文科を首席で卒業する頭脳の持ち主だった。天から二物を与えられた幸せ者と思っていたら、種痘で鼻頭(はながしら)に痘痕(あばた)が残り、人一倍劣等感に苛(さいな)まれていたという▼『吾輩は猫であ.....
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 明治の文豪、夏目漱石は鼻筋が通ったハンサムで東大英文科を首席で卒業する頭脳の持ち主だった。天から二物を与えられた幸せ者と思っていたら、種痘で鼻頭(はながしら)に痘痕(あばた)が残り、人一倍劣等感に苛(さいな)まれていたという▼『吾輩は猫である』の猫も「はなはだ気の毒」と同情している。思春期には鏡と睨(にら)めっこ。見合い写真は写真屋に修整を依頼するなど、涙ぐましい苦労を重ねていた▼天然痘は1万年も前から人類史に病跡を刻んできた。ローマ帝国の滅亡、十字軍の遠征、コロンブスの新大陸発見の世界史、東大寺の大仏建立、鎌倉幕府の崩壊など日本史。裏面には常に天然痘の黒い影があった▼致死率5割という天然痘を味方につけた側が歴史を動かした。北米を巡る英仏の覇権争いは仏国が後ろ盾する先住民に、英国軍がウイルスを擦(こす)り付けた毛布を支給。免疫のない先住民が壊滅、英国が勝利した▼天然痘と決別できたのは、英国の医師エドワード・ジェンナーが牛痘ウイルスで免疫を獲得する予防法を確立した1796年。WHOがワクチンの接種で初めて天然痘の根絶を宣言したのが、今から40年前である▼明治政府は1870年に種痘令を発令。手始めは文豪の鼻に残ったが、死の淵で開放された国民の喜びは一入(ひとしお)だった。コロナ禍は秋冬の再流行は必至だが人知を結集したワクチンで逆転、人間圧勝のまま東京五輪に漕(こ)ぎ着けたいものだ。