【山車小屋の行方】(上)苦境「移転先ない…」

八戸市十日市下樋田の土地に立ち並ぶ山車小屋。青山会山車組と六日町附祭若者連は、山車小屋の退去を余儀なくされて移転してきた=6日
八戸市十日市下樋田の土地に立ち並ぶ山車小屋。青山会山車組と六日町附祭若者連は、山車小屋の退去を余儀なくされて移転してきた=6日
八戸三社大祭の開幕まで約4カ月となった3月下旬。祭りに参加する全27山車組の一つ「青山会山車組」は大きな問題を抱えていた。山車の制作拠点であり、交流の場にもなる山車小屋の移転先が見つからないのだ。 「このまま新たな山車小屋を探し出せなければ.....
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 八戸三社大祭の開幕まで約4カ月となった3月下旬。祭りに参加する全27山車組の一つ「青山会山車組」は大きな問題を抱えていた。山車の制作拠点であり、交流の場にもなる山車小屋の移転先が見つからないのだ。[br] 「このまま新たな山車小屋を探し出せなければ、今年の祭りへの参加は諦めなければならない」[br] メンバーは決断を迫られていた。代表の西村寛実さん(55)は「山車小屋がないからといって一度参加を見送れば、組から人が離れて復活は厳しいだろう。組の存続のことまで考えた」と当時を振り返る。[br] 八戸青年会議所を前身とする青山会は、主に八戸市沼館、下長両地区を拠点とし、約40年間にわたり活動を続けている。ここ30年ほどは、祭りの主会場である中心街に比較的近い沼館に常設の小屋を構えていた。[br] だが、昨年の祭り後に地権者から移転を求められた。近隣に代替地は見当たらず、範囲を広げても適地はない。西村さんは「市にも相談したが場所を見つけてもらえなかった。どこを頼ればいいのか分からなくなった」と苦悩を明かす。[br] タイムリミットが近づく4月。他の山車組から紹介を受け、本拠地からは遠く離れた十日市下樋田の「新井田さけますふ化場」近くに移転が決まった。小屋が完成し、制作を始めた時は既に6月に入っていた。[br] 制作責任者の吉田匡克さん(32)は「スタートは例年の2カ月遅れ。移転で苦しんだが、良い山車を作りたい」と気持ちも新たに意気込む。ただ、子どもたちは移動が難しいため、お囃子(はやし)の練習場所は沼館の市津波防災センターに。“離れ離れ”の寂しさが残る。[br]   ◆    ◇[br] 窮地に陥った青山会に救いの手を差し伸べたのは「六日町附祭若者連」。実は六日町も、約20年にわたって鍛冶町地区に構えていた小屋の退去を求められ、市に相談しながら移転先を探し続けていた。[br] 各所に問い合わせ、ようやく見つけ出したのが青山会に紹介した土地。地権者は快く迎え入れてくれたという。現在、この場所には青山会と六日町の二つの小屋が立ち並び、山車作りが本格化している。[br] 六日町の責任者・田端隆志さん(65)は「前の小屋には山車や装飾品、多くの資材があった。それを移動させ、新たな小屋を組み立てるのには多大な経費と時間が掛かった」と話す。[br] 今回は地権者の理解もあり、移転先を自力で探し出したが、祭りの将来を考えると懸念は尽きない。[br] 「場所を探すにせよ、われわれにも限界がある。山車組と行政は持ちつ持たれつの関係ではないのか」。[br]   ◇    ◆[br] 山車小屋の確保を巡る問題は、一部の山車組に限った話ではない。多くの山車組が「来年も今の場所を使用できるのか…」という一抹の不安を抱えている。[br] 市内各地に住宅街が広がる今、移転先を見つけ出すのは容易ではない。深夜まで続く作業などの機械音が、近隣住民に「騒音」と受け取られ、特に住宅密集地では苦情も多い。時代や社会構造が変化し、本来は地域と共にあるべき三社大祭の環境も変わりつつある。[br] 青山会と六日町は結果的に市のサポートを得られず、“自助努力”で移転先を見つけるに至った。[br] しかし、三社大祭の絢爛豪華な山車は、地域の有志が集まって作っており、制作場所まで探すのは難しい。祭りの歴史や文化を受け継いでいくには、山車組に対する行政の支援は不可欠だ。[br] 市観光課の安原清友課長は「山車小屋の移転は今後も起こりうる問題。(山車組で組織する)はちのへ山車振興会と連携し、協力の方向性を考えたい」と新たな支援策を検討する方針だが、出口はまだ見えない。[br]  ……………………[br] 来年で300年の節目を迎える八戸三社大祭。歴史や文化、伝統の継承が重要性を増す中、近年、山車小屋を取り巻く状況が変化し、制作場所の確保が喫緊の課題となっている。何か打開策はないのか。山車作りの現場を追った。八戸市十日市下樋田の土地に立ち並ぶ山車小屋。青山会山車組と六日町附祭若者連は、山車小屋の退去を余儀なくされて移転してきた=6日